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夕焼けがにじむ場所で

待ってるから待っててね

伊野尾くんの生きる明日が好き、

 

 

 

「お葬式が悲しいものなのは、どうして?」

 

その彼ないし彼女に、もう会うことができないから?これからはその人との新しい記憶が更新されていかないから?それとも、周りのみんなが泣いているから?

 

もちろんそれもその通り。でも昔、ある記事で読んだことがある。

「それは、その人が『いなくなる』ことがすなわち、その人にだけ見せていた自分も永久に『いなくなって』しまうことを表すからである。」と。

 

この問いに対する答えでこれほど的確な言葉を、わたしはこれ以外に知らない。

誰にでも同じ顔を見せている人、誰に対しても同じ感情を抱いている人なんてこの世界のどこにもいないだろう。

誰かがいなくなるということは、その人と自分との間だけにあった感情もいなくなってしまうこと。それってまるで、自分を構成するパーツが一つ死んでしまったみたいだ。悲しいなんて言葉だけでは到底表しきれない。

 

 

 

わたしの応援していた伊野尾くんは、わたしの世界からいなくなってしまった。

それと同時に、伊野尾くんに対してだけ抱いていた感情たちもいなくなってしまった。

なんだか大袈裟だし、担降りだなんてそんな大層なものには当たらないかもしれないけれど、今日は特別な日だから今の気持ちを残しておきたい。

 

 

 

 

ずっと、何の主張もない退屈な人間だった。何かに情熱を燃やしたことはほとんどなかったし、特別に時間を割いて何かをしたこともなかったと思う。それでも、周りとは上手くやれていたから問題は無かった。少しだけ自己紹介に困るくらいで。

 

 

その人は突然わたしの人生に鮮烈な印象とともに現れた。そして彼は、知りうる限りで一番、わたしの好きな顔を持った男の人だった。そんなことを思ったのは人生で初めてで、集合写真と風景と食べ物ばかりだったカメラロールはあれよあれよという間にその綺麗な顔で埋め尽くされていった。

それでいて彼は、飾らない性格だった。アイドルはみんな負けん気が強くて、常に身の回りに気を遣っているのかと思っていたものだからわたしは拍子抜けしてしまった。ふわりふわりとしていて掴めない。そこが魅力的だと思った。

必然的に、彼の仲間の8人についても詳しくなっていった。歳の差はあれども、全員が主張しすぎないからこそとても仲が良い9人の眩しいアイドルのことを知るのが楽しくて、毎日が新鮮で。

 

 

「最近、Hey!Say!JUMPの伊野尾くんにハマっててさ...」気の知れた友人に話すのが日課になっていた。中にはジャニーズを毛嫌いする子もいたけれど、興味を持って話を聞いてくれる子が多かった。伊野尾くんはわたしの表現の場でもあった。

高校の前にあるセブンイレブンではちょうどJUMPとのコラボのキャンペーンをしていたから、軒先に大きく掲げられたメンバーの横断幕を指さして、あれが伊野尾くんだよ!とみんなに教えていた。友人は大抵、「あんたってそんなに何かに熱中するタイプだったっけ」と笑いながら言った。

 

日常的にJUMPを摂取することは全然難しくなかった。有難いことにわたしの住んでいる地域では観られるレギュラー番組が毎週5つもあったし、ラジオも聴くことができた。そして伊野尾くんには、雑誌などの個人の素敵なお仕事もたくさんあったから、伊野尾くんを好きになってわたしには「暇」が無くなった。

伊野尾くんがわたしの人生に現れるまでは何に使っていたのかわからない時間が、たくさんあったことに気がついた。それは嬉しい「忙しさ」だった。

 

 

 

でも、その熱は、いとも容易く揺らいでしまった。

「伊野尾くんのどこが好きなの?」

 

どこが、好き?簡単な質問のはずなのに、すぐに答えが出てこなかった。ふわふわしていて掴めないところがミステリアスだから?周りにすぐに溶けこめる主張しない性格だから?でも、その理由は同じくわたしにとっても「主張」することが難しいということだった。わたしは、伊野尾くんを語るにしてはあまりにも彼の内面を知らなさすぎた。

これじゃまるで、彼の外見「だけ」が好きみたいじゃないか。そう考えたら途端に、ファンを名乗っているのが恥ずかしくなった。あんなに毎週時間をかけて編集してダビングしていためざましテレビと、メレンゲの気持ちの録画をやめてしまった。表紙を飾った雑誌も未だに見たことがないものがある。伊野尾くんは今まで通りみんなに見える場所で輝いているのに目を背けるなんて、何の意味にも、反抗にもならないことはわかっていた。

 

 

 

 

そんな折に、わたしの人生に神山くんが現れた。

 

神山くんに対する「好きの理由」はあまりにも明確だった。何でもそつなくこなす伊野尾くんと違って、彼はあまりお話が得意ではないようだった。そして当たり前のように人見知りだった。

でもその代わり、彼には抜群のダンスの才能と美しい声の生み出す歌があった。負けず嫌いで努力家で、初対面の人と接するのは苦手でも、メンバー思いの優しい人だった。周りに対して少し攻撃的だった過去が今の彼をそうさせている部分もあるのかと思うと愛おしい。彼が持ってくる仕事の一つ一つが大切で、嬉しかった。

 

神山くんのいるジャニーズWESTを好きになるのに、時間はかからなかった。

ひたすらににぎやかで、それでいて一人ずつ、全員が突出した何かを持っていて、何より彼らは今、一歩一歩着実に夢を叶えている最中だった。後から来た人を置いていかないで、手を引いて一緒に連れて行ってくれる。先に居た人たちを抜き去らないで、一緒に歩んでいってくれる。そういう7人。

この人たちを全員、応援したい。そう思ってしまったグループだった。

 

 

 

  

年末年始のDEAR.に行ってもう駄目だと思ったら、やめよう。最低だけれど、そういう覚悟で大晦日に東京ドームに行った。幕が開けた眩い光の中のHey!Say!JUMPは、伊野尾くんは、どこまでもアイドルだった。とても楽しいコンサートだった。

 

でも、10月にDEAR.に来た時とはわたしの中の何かが確実に変わってしまっていた。伊野尾くんの良いところを探さなきゃいけない。まだこの船から降りたくない、わたし、伊野尾くんのこと何も知らないの。まだこの船から降ろさないで。でもそのためには、伊野尾くんを好きな理由を探さなきゃいけないんだ。

双眼鏡を握りしめているときも、帰りの電車に揺られているときも、わたしはそんなことばかり考えていた。

 

 

 

一方的に片思いをしていた相手を好きじゃなくなる時って、空虚さしか残らないと思っていたから。ましてやその相手がわたしの顔も名前も知らない人なら、最後まで好きでいられない自分が負けだし、そこでお終いのはずだった。

 

でも違った。

ただ伊野尾くんから気持ちが離れるだけのことなのに、それなのに、大好きな人に「振られる」時の衝撃と自責の念と、泣きながら告白してきた人を「振る」時の罪悪感が押し寄せてくるように思えた。その波に逆らいたくて、でもどんどん、伊野尾くんに対しての言葉は思いつかなくなっていった。ゆっくりゆっくり、誰かが忘れたビーチボールが波に揺られて沖に流されていくみたいに、わたしは伊野尾くんから離れていった。

 

 

 

そして今日、ジャニーズWESTがCDデビュー3周年を迎えた。

 

この人たちに付いて行きたい、と思わせてくれる7人に出会えたから。その先へ、夢のまた先へ連れて行ってもらおう。

 

 

 

アイドルは決して拒まない。

 

今この瞬間を応援してくれる、活躍を祈ってくれるファンをみんな乗せて夢を見せに行くのがアイドルだから。ここで区切りをつけたい。

自然に人との距離を詰められる伊野尾くんが好き。

生意気に思われがちだけど、相手への敬意を決して忘れない伊野尾くんが好き。

運動とか、得意じゃないことがあってもそれすら長所に変えられる伊野尾くんが好き。

一人でロケに行かされても、きっちりこなして成果を残して、でも付け上がることなく帰ってくる伊野尾くんが好き。

少し離れて、見えるようになったことがたくさんあります。

 

 

たくさんの人に愛されて輝く、伊野尾くんの生きる明日が好き。その時、隣にいなくても。*1

 

 

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*1:BUMP OF CHICKENさんの"グッドラック"からお借りしました。http://www.utamap.com/viewkasi.php?surl=k-120118-123